令和の我慢

自分のバランスを取り戻す掛け声

津田慶

1/29/20261 分読む

「根性なし!」と並んで、小さい頃によく言われていた言葉があります。
それが、「我慢せい!」でした。

気になって、あらためて「我慢」も調べてみると、これもやはり仏教語でした。

そして、その意味は読んで字のごとく。もともとは、我・自分の中にある慢心や執着、「自分は正しい」という強い思いに気づくこと。

そして、それをどう扱うかを、自分自身で引き受けることを指していたそうです。

それがいつの間にか、
「耐えろ」
「黙れ」
「空気を読め」
という意味にすり替わっていった。

だから「昭和の我慢」は、組織や他人から強要されるもの、というイメージが強く残っているのかもしれません。

これからは、他人に「我慢しろ!」と言う前に、自分の思い込みに気づくための掛け声として、使ってみてはどうでしょう?

自分に「我慢しろ!」と言い聞かせているときも、
「状況に耐えろ」「辛抱しろ」と解釈するのではなく、

「自分の姿勢を整えろ」
そう捉えてみてはどうでしょう。

令和の我慢は、自分のバランスを取り戻す掛け声。
そう再定義してみても、いいのかもしれません。

最近、「我慢しろ!」っていわれたこと、ありませんか?